赤岩村
【あかいわむら】

旧国名:三河
(近世)江戸期~明治11年の村名。三河国八名郡のうち。豊川支流朝倉川の上流。吉田藩領。村高は,慶長9年検地高67石余,「寛永高附」18石余,「元禄郷帳」16石余,「天保郷帳」25石余,「旧高旧領」75石余。なお,「元禄郷帳」「天保郷帳」には赤岩寺領50石が含まれない。二川宿の助郷を課され,享保10年の村高25石のうち勤高16石。安政5年の家数3・人数12。明治5年の村差出帳によれば,家数22・人数94,馬14。寺社は,真言宗赤岩寺(法言寺)・愛宕権現。赤岩寺の境内山林で採れる松茸は藩主への献上品(豊橋市史)。明治11年多米村の一部となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7115165 |