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称名寺
【しょうみょうじ】


碧南市築山町にある寺。時宗。東照山松寿院と号す。本尊は阿弥陀如来。大浜称名寺と通称する。室町期成立の「大浜道場建立次第」は,暦応2年近衛家領志貴荘大浜政所正阿の創建といい,寺伝では正阿は新田氏一族でもと天台宗という。開山声阿弥陀仏は時宗遊行派2世他阿真教の弟子で,十二光筥・阿弥衣(以上県文化財)・弥陀画像を与えられたという。畠山氏庶流で足利将軍直臣の和田氏の外護を受け,14世紀後期から15世紀前期にしばしば寺領・地子,大浜湊の津料や船公事などの寄進をうけたが,16世紀には大浜を支配した松平氏の外護をうけた。松平6代(安城家3代)信忠の娘東姫は,尾張甚目寺から移した聖観音菩薩立像(県文化財)を念持仏として寺内に住んだという。この頃,当寺は連歌の寺として有名で,飛鳥井雅康・宗長・宗牧らが訪れている。天文12年2月26日の連歌会の松平広忠の脇句「めくりはひろき園のちよ竹」から徳川家康の幼名竹千代がつけられたと伝え,初7句分の連歌懐紙が現存する。永禄2年に家康より大浜7か寺共同で寺領を与えられ,慶安元年に朱印地32石8斗が認められた。延宝年間の火災で諸堂焼失,再建されたが,19世紀には破損が甚だしく,28世愍冏が幕府に助成を願い出て全面的修復を行った。天保4年からの嘆願活動は,同13年に朱印地70石加増という成果をあげたが,これは財政窮迫の当時としては異例のことで,幕府奥儒者成島司直や連歌宗匠坂昌成らの斡旋が大きかった。分郷と称された70石は大浜郷内に散在しており,明治維新後すべて称名寺へ払い下げられた。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7119328