多米
【ため】

旧国名:三河
豊川の支流朝倉川上流に位置する。古くは大炊に従事した多米連の部曲の居住地で,「新撰姓氏録」に神皇産霊神の5世の後裔,天日鷲命の4世の後裔,小長内命が,成務天皇の代に大炊寮に仕えて多米連の姓を賜ったとある。徳合長者の伝説では,崇峻天皇の時代に当地の滝蔵人時晴が河内国で聖徳太子の説法を聞いて徳合長者の名を賜り,この土地を開拓し,米が多くとれたので,多米と名づけたという。徳合長者伝説と関連があるといわれる埋塚古墳をはじめ,6世紀末の古墳後期に属する古墳がある。
【多米郷(古代)】 奈良期~平安期に見える郷名。
【多米郷(中世)】 戦国期に見える郷名。
【多米村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【多米(近代)】 明治22~25年の美米村の大字名。
【多米村(近代)】 明治25~39年の八名郡の自治体名。
【多米(近代)】 明治39年~昭和7年の石巻村の大字名。
【多米町(近代)】 昭和7年~現在の豊橋市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7120277 |





