南神守村
【みなみかもりむら】
旧国名:尾張
(近世)江戸期~明治11年の村名。尾張国海東郡のうち。日光川下流左岸に位置する。尾張藩領。佐屋代官所支配。村高は,「寛文郷帳」「天保郷帳」ともに977石余,「旧高旧領」1,335石余。「寛文覚書」による戸数70・人数414,馬26。「徇行記」では,概高1,032石余,すべてが蔵入地で,反別81町余(田73町余・畑8町余),戸数116・人数462,馬22。北神守村と町並みが続き,正保4年から両村合わせて神守宿とされた。寺院は真宗大谷派養源寺。明治11年神守村の一部となる。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7123695 |