南禰宜町
【みなみねぎちょう】
(近代)明治11年~昭和56年の町名。はじめ名古屋区,明治22年名古屋市,同41年同市中区,昭和19年からは同市中村区の町名。堀川右岸。広井村(下広井町)から分離して成立。明治44年柳橋~山王橋間に市電が開通し,当町の南端に八角堂前停留所が設けられ,沿線に商店が集中する。戸数・人口は,明治32年104・454,同44年159・716。世帯数・人口は,大正10年105・449,昭和10年105・468。同40年48・226,同50年32・135。同56年名駅南1~5丁目となる。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7123751 |