西町①
【にしまち】

旧国名:伊賀
(近世~近代)江戸期~現在の町名。明治5~20年頃までは上野を冠称。江戸期は伊賀上野城下町の1町で,町人地。城の南,城下町の北部に位置し,東は中町,西は向島町,南は福居町に接し,北は城の外堀に面する東西約3町程の町並み。地名の由来は,本町筋の西にあたることによるという。中央を西大手門から南進する西之立町通が通じ,早くから発展して旅籠もあった。上野天神秋祭りに供奉する練り物は武者車の名で呼ばれていたが,宝暦8年の花冠(かかん)に変わった。現在の楼車は文政年間頃に造られ,胴幕は渡辺南岳の下絵で,老梅に天神牛の図柄。明治5年の戸数68・人口325(うち男145・女180)。同22年上野町,昭和16年からは上野市に所属。明治22年~昭和25年までは大字上野のうち。明治29年上野税務署が置かれたが,同44年丸之内に移転。当時上野米穀取引所があり,米相場が立ってにぎわった。また,上野町商業税の1~20等級に名をあらわす商店も多く,20等以下の中級商店は42戸を数え,東の農人町と並んで最も栄えた。明治30年関西鉄道が開通し,伊賀上野駅が設置されたが,同駅への連絡は小田村を通り,馬苦労町から当町に通じていたため,当町としての最盛期を迎えた。しかし,同41年蛇池の北の切通しができ,伊賀上野駅への新道がつくられ,やがて乗合自動車が普及するに及び,漸次衰勢に向かった。昭和11年西町郵便局が開局,同57年中町に移転。昭和26年の世帯数73・人口363。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7128507 |





