八幡
【やばた】

旧国名:伊賀
名張川東岸の丘陵地からその支流小波田(おばた)川流域にかけて位置する。地名は創建の年次は不明だが,八幡神社を勧請したことに由来するという(名張市史)。同神社の別称唐琴(からこと)神社にちなんで唐琴の里とも呼ばれた(三国地誌)。天喜4年2月23日の散位藤原実遠所領譲状案(東南院文書/平遺763)に見える常田村はこの地に比定される(黒田庄誌)。また,「伊賀国風土記」逸文には賀罹坤土(からこと)ノ郷とも記されるという(伊水温故)。「毘沙門堂本古今集註」には「カラコトト云所ハ,伊賀国ニアリ。彼国ノ風土記云,大和・伊賀ノ堺ニ河アリ。中嶋ノ辺ニ神女常ニ来テ琴ヲ鼓ス。人恠テ見之,神女琴ヲ捨テウセヌ。此琴ヲ神トイハヘリ。故ニ其所ヲ号シテカラコトト云也」とあり,この琴を祀ったのが八幡神社であるといわれる。また一説には安康天皇の頃,出雲国造が霊夢を得て伊賀を訪れ,神功皇后が三韓征伐のとき持ち帰った唐の琴を神体として八幡神社を創建したともいう(新編伊賀地誌)。
【八幡村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【八幡(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7129747 |





