十八川村
【じゅうはちがわむら】

旧国名:近江
(近世)江戸期~明治12年の村名。高島郡のうち。安曇川(あどがわ)沿い。中世は三重生(みえう)郷のうちと伝える。地名は安曇川が数多くの分流をなして流れていたことによる(高島郡誌)。総村高は寛永年間523石余,元禄年間526石余(寛永高帳・元禄郷帳)。寛永11年より膳所(ぜぜ)藩領,延宝7年より西代(にしだい)藩領,享保17年より幕府領。天保4年324石余は旗本西郷氏知行所となる。202石余は文久元年越前鞠山(まりやま)藩領となる。明治5年滋賀県に所属。同12年三重生村と合併し常磐木(ときわぎ)村となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7132859 |





