唐橋
【からはし】

旧国名:山城
洛中下京(しもぎよう)の南に続く地で,中央を東西に九条通が通る。橋名が地名に転化したもの。橋梁としての唐橋は,「三代実録」元慶3年9月25日条に「是夜,鴨河辛橋火,焼断大半」とあり,九条坊門(唐橋通とも,現在の東寺通)の京外の鴨川に辛(唐)橋があったことがわかる。また,同書仁和3年5月14日条に「是日,始置守韓橋者二人,以山城国傜丁宛之」とあるが,これは羅城門の南側の溝に架けられた橋とも考えられる。1丈の溝に幅広い唐風の橋が設けられたので,これも唐橋と呼ばれ,現在に残る唐橋の地名はこれにちなむものであろう。江戸期の地誌類では多く,東寺の西の紙屋川(現在の西高瀬川)に架かる橋を唐橋とし,山崎道を経て来た来朝の韓人が渡って鴻臚館に入ったので,この号があるとしている。そして,古くは九条坊門にあったが,豊臣秀吉の時,九条大路に移したものと述べている。前者は現在の平垣橋,後者は九条橋に該当しようが,流路は変動しており,現在の西高瀬川とは必ずしも一致しない。
【唐橋村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【唐橋(近代)】 明治22年~大正7年の七条村の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7138814 |





