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淡路町
【あわじまち】


旧国名:摂津

(近世~近代)江戸期~現在の町名。江戸期は大坂三郷北組のうち。はじめ1~2丁目,明治5年からは1~5丁目がある。東横堀に架かる平野橋西詰より一筋南の町で,1丁目は「浜より西ヘ入,堺筋迄」を町域とした(宝暦町鑑)。元禄13年の大坂三郷水帳寄せ帳によると家数35軒,役数46,うち無役数2(年寄・会所),年寄は吹田屋新兵衛。2丁目は「さかゐすじより西ハ中橋すじ迄」で(同前),元禄13年の同帳によれば家数50軒,役数51.5,うち無役数2(年寄・会所),年寄は日野屋満右衛門。天保8年の大塩平八郎の乱の主戦場で,大塩一味は当町堺筋に追いつめられたという。明治2年大阪東大組,同12年東区,同22年からは大阪市東区の町名。明治5年北鍋屋町・中船場町・淡路町切町・津村北之町を編入。5丁目の御霊神社内には同17年から大正15年まで文楽座があり,御霊文楽座と呼ばれた。また御霊神社付近には幾代亭という桂派の寄席があった。明治13年から19年まで1丁目には東区役所が置かれた。世帯数・人口は,大正9年539・3,367,昭和30年255・1,375,同50年129・428。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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