南野
【みなみの】

旧国名:河内
清滝川南側に位置する。讃良(ささら)郡条里の六条にあたる地域で,地名は北部の八条を北村,中部の七条を中村,南部の当地を南村とし,のちにそれぞれに野の字を加えたものという。「新撰姓氏録」河内国皇別に「茨田宿禰 多朝臣同祖,彦八井耳命之後也,男野現宿禰,仁徳天皇御代,造茨田堤」と見える茨田宿禰の居地という(地名辞書)。地内の室池は,「延喜式」巻40の主水司に「讃良郡讃良氷室」と見える氷室のあった所と伝えられる。雁屋には四条畷(しじようなわて)の戦で敗死した楠木正行の墓が,塚脇には和田源秀の墓がある。
【南野村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【南野(近代)】 明治22年~現在の大字名。
【南野(近代)】 昭和51年~現在の四條畷市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7154265 |





