石在町
【いしざいちょう】

旧国名:摂津
(近世~近代)江戸期~現在の町名。江戸期は西宮町町方の1町。石才町とも書いた。西宮町を東西に横切る中国街道(西国街道と合流)沿いの西宮宿東部にあたる。町名の由来には,越木岩方面から切り出した石材を船積みするまで置いた仮置場にちなむ説もあるが,不詳。寛文元年西宮町御検地帳写には石才町と見え,当町の名請人32。南端の浜石才町との境にある浄土宗海守山法安寺は,慶長年間正誉上人の開基で,もとは御代村にあったという。明治4年の戸数70(うち地主20・借家42)・人口267(うち奉公人27),職業構成は旅籠屋5(食売旅籠屋2)・小売商21・古着古物商2・職人4・農業11・日雇19など。旅籠屋のほとんどは食売女(飯盛女)を抱え,明治期以降も貸席業を営業し西宮遊郭の一部を形成した。明治8年字二号地の一部となるが,こののちも字名と旧町名が併用された。同22年西宮町の町名となる。大正14年浜石才町を編入し,西宮市の町名となり,同時に一部が戸田町・本町となる。昭和30年入船市場を建設。同38年国道43号,同45年阪神高速道路が開通。昭和39年東町1~3丁目・用海町の各一部を編入し,一部が久保町・本町・東町1~2丁目となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7155503 |





