新町⑤
【しんまち】

旧国名:摂津
(近世~近代)江戸期~昭和50年の町名。明治中期~昭和6年は兵庫を冠称。江戸期は兵庫津岡方の1町。平清盛が築造した経が島の船入場は,兵庫津ができるとともに埋め立てられた。町名はこの埋立地に起立した新しい町であることによる(神戸の町名)。池田氏の兵庫城下町造成の時すでにあったと考えられ,元禄古図にも描かれている。兵庫津北浜と岡方をつなぐ町として商業地帯の一画を占めた。寛政8年の家数77・人数327(安田家文書)。明治元年岡組,同5年兵庫2番組に属す。同12年神戸区,同22年神戸市,昭和6年同市湊西区,同8年からは同市兵庫区に所属。昭和5年の世帯数126・人口484。町の一部が第2次大戦後,昭和28年まで米軍のスクラップヤードとして接収された。同50年中之島1~2丁目となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7159728 |





