100辞書・辞典一括検索

JLogos

36

玉手
【たまて】


旧国名:播磨

水尾川支流大井川中流左岸。地名の由来は不詳だが,次のような伝承がある。仁徳天皇40年隼別皇子と雌鳥皇女が罪を犯し,吉備品遅部雄と佐伯直阿俄能胡により殺された。その時阿俄能胡が皇女の身につけていた玉を奪って妻に与えたことが発覚し殺されようとしたところ,私領を差し出して許された。その私領をのちに「玉代」と称した。この土地はやがて阿我能胡の末裔の佐伯連胡麻呂が皇極天皇4年に中大兄皇子とともに蘇我入鹿を殺したことによって返された。玉代が,いつの頃からか,玉手と書くようになったといわれる。当地には大年神社と,永正6年祐欽の開基とされる善正寺がある。
玉手村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
玉手(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7160615