中尾①
【なかお】

旧国名:播磨
瀬戸川・中尾川河口の間,播磨灘に面する。地名の「なか」は山などの間,2つのものの間の地の意,寺社境内の意などがあり,「お」は山すその末端の意で(地名用語語源辞典),海岸に突き出た台地上の住吉神社境内と,東の中尾川流域付近に位置することに由来するか。地内の住吉神社は,社伝によると雄略天皇8年に摂津の住吉神社より勧請,正応5年現在地へ遷座したという。奈良東大寺二月堂のお水取の際に読み上げられる神名帳に「魚住おすみの大明神」とあるのは中尾住吉神社のことで,東大寺とのつながりもうかがえる(魚住村誌)。「采邑私記」によれば,魚住荘は「和名抄」の住吉郷にあたり,鎮守社は住吉神社であったという。当地を中心とする魚住の海岸は,特に錦ケ浦といわれる。また,地内に中世の魚住城跡があり,中央付近に居屋敷の字名がある。
【中尾村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【中尾(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7161260 |





