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矢田部
【やたべ】


旧国名:播磨

矢田部川上流域,高取山と地蔵山に囲まれる盆地。4本の渓流が掌状の平地を潤し,早くから谷田が開拓された。地名の由来は,仁徳天皇の妃で応神天皇の皇女八咫姫の後継者とされた辛矢田部造の子孫が居住した所によるという説(神崎郡誌),御名代部の矢田部の居住地であったことによるとする説,寛和年間に国府寺家刑部氏の祖となった辛矢田部乙春が当地に居住したことによるという説(姫路市史)がある。鎌倉末期に後藤彦次郎頼康が多可郡安田荘より移住し,その子行重が南東の原野を開発して行重の名主となり,西方の山頂に矢田部城を築いた。字穴虫にある郷倉の宝篋印塔は行重が建てた基清以下6代の供養塔と推定されている。穴虫の後藤屋敷は後藤行重が館を構えた地と推定され,「香呂村史」には40~50年前までは堀塀などが判然と残っていたとあり,後藤系譜によって天正・慶長年間頃に住んだ後藤与三郎基真の居宅跡と推定している。また当地には古い民俗が伝わっている。中でもコトノハシ(事ノ箸)は播磨では珍しいとされている(日本祭祀研究集成・兵庫探検民俗編)。ほかトント(1月14日)・柴灯(1月31日)・山登り(4月3日)・花祭り(5月8日)・湯立て(7月7日)・ロッケハン(8月26日)・秋祭り(10月10日)など。
矢田部村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
矢田部(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7164546