高野①
【たかの】

旧国名:紀伊
紀ノ川中流左岸,竜門山系の最初峰の南東の山間部に位置する。紀ノ川を渡り庄前峠を経て高野へ達する。地名は「続風土記」によれば「昔美福門院荒川に住せ給ひ,高野(こうや)は女人結界なれは,その山の形を此地に模し給ふ,因りて村名を高野(たかの)といふなり」とあるが,美福門院が荒川荘に住したことはない。鎌倉期の「高野山文書」には,「山門末寺高野寺」「滝門山高野寺」などと見え,伝教大師建立と伝えるところから延暦寺と関係の深い寺院のあったことがわかる。鎌倉末期には荒川荘悪党源弥四郎為時の拠点となり,為時は高野寺の僧法心とも称した。高野遺跡から12~13世紀の土器を出土。
【高野村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【高野(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7172300 |





