浦富
【うらどめ】

旧国名:因幡
浦住ともいい,浦留とも書く。北に日本海,南には沖積平野が広がった海浜部に位置し,東に砂丘,西に山地を背負っている。地名の由来は,浦留は船着きの意味,また浦富は浦で繁盛するという意味によると伝えられている。横穴式古墳5基が確認されており,出土品から6~7世紀頃のものと想定されている。「稲葉民談記」によると,戦国期ここには浦富城(桐山城)が築かれ,垣屋隠岐守恒総がここに拠って勢力を張ったという。
【浦富村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【浦富村(近代)】 明治22年~昭和2年の自治体名。
【浦富町(近代)】 昭和2~29年の岩美郡の自治体名。
【浦富(近代)】 大正14年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7174438 |





