大菅村
【おおすげむら】

旧国名:伯耆
(近世)江戸期~明治10年の村名。伯耆(ほうき)国日野郡のうち。猿隠山南麓,印賀川支流砥波川の上流域の山間部に位置する。鳥取藩領。村高は,拝領高53石余,「元禄郷村帳」53石余,「天保郷帳」86石余(うち新田高32石余),「元治郷村帳」98石余,「旧高旧領」98石余。元禄の本免は5.6,「元治郷村帳」の物成は47石余。戸口は,「伯耆志」26戸・150人,「文久3年組合帳」26戸。鉄山が日向山・陰地山の2か所にある(伯耆志)。延享3年御案内手帳によれば,鈩(たたら)1か所・鍛冶屋2軒があり,鈩の運上銀100匁,鍛冶屋の運上銀120匁,ともに黒坂から5里の地にあり,馬かごが通らない難所であった(藩史)。「伯耆志」によれば,林5町余を有し,隣村へは東の下阿毘縁(しもあびれ)村へ13町,南の阿毘縁村へ15町,北の出雲国能義郡西比田村へ8町,西は大菅峠を経て出雲国仁多郡奥谷村へ達し,国境まで13町。また,産土神は熊野権現で,社地は東西30間・南北7間,社方5尺,祭日9月9日,ほかに小祠8・辻堂2がある。明治4年鳥取県,同9年島根県に所属。同10年上阿毘縁村と合併して阿毘縁村となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7174548 |





