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晩稲
【おくて】


旧国名:因幡

奥手とも書いた(稲葉民談記)。鳥取平野の中央を北流する千代(せんだい)川の河口付近,左岸に位置する。低湿な土地のため古くよりしばしば水害にあい,田畑の流出,土砂の堆積のため開発が困難で集落の成立が遅れたものと考えられる。「千代川史」は,おそらく戦乱の治まる15世紀から16世紀頃まで荒廃した葦原の湿地帯が続いていたのではないか,と記している。「因幡志」によると,村の南はずれにある薬師堂に墓原があり五輪が多く,太刀・鏡などが出土するとあり,近世以前に集落が存在したと考えられるが,千代川・野坂川両流の氾濫原に位置しており,慶長年間に鹿野城主亀井茲矩が大井手川を開削して水利条件が整うまでは,村落の存立に不安定要素が多かった。その後も当地は灌漑用水路の末端にあるため水利上不利で,地名の由来については,「この国で最も稲の実るのが遅いため晩稲という」との口碑が伝わる。
晩稲村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
晩稲(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7174647