上伊勢
【かみいせ】

旧国名:伯耆
加勢蛇(かせいち)川下流左岸の沖積扇状地に位置する。地名の由来は,当地が伊勢大神宮(方見社)の社領であったことによるものと考えられる。方見神社には,鎌倉期の作と推定されるケヤキ材の寄木造りの随身像2体がある(東伯町の文化財)。当地には方見神社を中心とした伝説もあり,殿屋敷・上官屋敷・村主堂・上ノ城戸・西ノ城戸・桜の馬場・宮城などの地名が残る。方見神社は,承久2年以来数度の火災で衰えたが,後宇多天皇の弘安の役後,祭礼のため国司波多野氏が再興。大永3年兵火にかかり社殿を再建したが,天正10年にも炎上,同年9月領主南条氏が社殿を造営した。
【上いせ(中世)】 戦国期に見える地名。
【上伊勢村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【上伊勢(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7174853 |





