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久米町
【くめちょう】


(近代)昭和10年~現在の米子市の町名。もとは米子市郭内と加茂町の一部。町名の由来は,米子城の別名久米城にちなむ(米子市制十五周年史)。地内湊山公園は昭和10年以来城山の登山路改修,眺望確保のための間伐,新八十八か所の札所や展望台の建設,桜の栽植などが行われた。第2次大戦中は軍命令による樹木の伐採,飯山の高射砲陣地などで荒廃したが,昭和26年より都市計画公園の決定によって復興に着手し,自動車回遊道路の建設,植樹が行われた。昭和25年4月5日から5月15日まで湊山公園・錦公園一帯を会場に県産業観光大博覧会が催された。文化館・天文館・小動物園や歌・踊りなどいろいろな催しがあったが,ことに全国に4つしかないテレビジョン機械の1つが持ち込まれ,会場風景などを写し出し注目を集めた(米子市三十周年史)。博覧会終了後会場敷地を利用してスポーツセンターの計画が進められ,昭和25~30年にかけて湊山球場(前後藤グラウンド),テニスコートなどが新設された。また博覧会場の美術館は昭和26年より米子図書館として利用されたが,同35年湊山と飯山の間に国道9号が開通して騒音が激しくなったため同54年中町へ新築移転した。昭和42年にはオリンピック東京大会開催を記念して湊山球場内に市営スポーツセンターがつくられ,スポーツ関係者の合宿所として利用されるようになった。同52年史跡米子城が市史跡,旧小原家長屋門が市文化財に指定さた。世帯数・人口は,昭和10年71・323,同30年97・385,同40年95・425,同50年55・161。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7175133