100辞書・辞典一括検索

JLogos

69

坂根村
【さかねむら】


旧国名:伯耆

(近世)江戸期~明治11年の村名。伯耆(ほうき)国会見(あいみ)郡のうち。日野川の支流法勝寺川中流左岸,春日山の東麓に位置する。鳥取藩領。村高は,拝領高262石余,「元禄郷村帳」206石余,「天保郷帳」324石余(うち新田高62石余),「元治郷村帳」351石余,「旧高旧領」356石余。元禄の本免は4.7,「元治郷村帳」の物成は154石余。藪運上は8匁1分(西伯町誌)。戸口は,「伯耆志」33戸・150人,「文久3年組合帳」33戸。明治3年の御用方諸事手控によると,戸数33・人数168,耕地面積35町余・山林面積9町余,職人に大工の好蔵・善市,木挽の源蔵,藁屋根葺の勝十の名が見える(西伯町誌)。「伯耆志」によれば,林9町余を有し,北部には禁山があり,隣村へは東の三崎村へ8町,南の清水川村へ8町,西の谷川村へ8町,北の榎今村へ10町,産土神は谷川村にある八幡宮で,地内には曹洞宗亀岳山観正寺があり,米子総泉寺11世仁庵栄賢和尚の開基を伝え,本尊は観音,ほかに小祠4,辻堂1がある。観正寺は正保2年に開山されたが,はじめは正規の資格を有しない僧尼の住山で,宝暦11年大慈寺9世華岳億栄和尚の努力で諸堂修理・什器整備されて総泉寺の末寺として法地開山した(西伯町誌)。明治4年鳥取県,同9年島根県に所属。明治6年坂根小学校が観正寺を校舎として開校,翌7年の生徒数男子のみ22,教員数2(県史近代5)。同年古市村に分校を開設し,同8年古市分校は分離独立。同11年谷川村・柏尾村と合併して福成村となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7175380