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日ノ出町
【ひのでちょう】


(近代)昭和10年~現在の米子市の町名。もとは米子市角盤町2丁目の一部。町名の由来は,当町が市の北東に位置し日の出を拝む地であるため通称日の出と称していたことによるという(米子市制十五周年史)。大正7年,国鉄山陰線全通に伴う作業所として国鉄後藤工場が当町域(当時角盤町2丁目)に米子駅構内より新築移転し,山陰唯一の鉄道車両修理工場として発展した。昭和11年には機関車・客貨車・旋盤・鉄工・検査の各職場および工場用品庫が設置された。同18年省営自動車の修繕,その後ディーゼル機関車・気動車・電車の修理も行うようになる。同20年7月には緊急防空対策として10戸が強制疎開となった(米子市三十周年史)。同26年以降鉄道宿舎が多数建設された。同36年には国道境線立体交差部が国道9号の拡張工事の一部として拡張され,これによって23戸の家屋が移転した。世帯数・人口は,昭和10年28・97,同30年72・291,同40年111・418,同50年132・438。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7176645