白潟本町
【しらかたほんまち】

旧国名:出雲
(近世~近代)江戸期~現在の町名。明治19~22年3月は松江本町。江戸期は出雲国意宇(いう)郡のうち。松江城下の町名の1つ。松江大橋南詰から南は天神町に続き,東は八軒屋町・和多見町・寺町,西は魚町に接し天神橋から大橋に至る通りの両側に位置する。町名は,この地域一帯は白い砂洲が一面に広がった沖積地で,古来白潟と称し,その中心地帯であることに由来し,単に本町とも称した。開府以前から商人が多く,中町(なかまち)とも称される商店街であった。松江藩道の起点で里程原標があり,白潟三度飛脚の本拠で京阪地方との取引も行われていた(五代記)。寛文13年,元禄元年,文化13年,天保8年と大火で町内焼失したが,そのたびに復興した。しかし文化8年以降防火組が組織され,魚町・灘町とともにへ組に属し,火消夫20人を常備していた。安永8年の戸数183,安政5年の戸数178。明治4年島根県に所属。「皇国地誌」には「人家稠密,大橋川に船舶輻輳,物資流通し大橋南詰の繁華街」とあり,戸数170・人口636。同22年松江市の成立に伴い白潟本町となる。同年の戸数135・人口534,大正12年の戸数79・人口561,昭和13年の戸数63・人口502(松江市誌)。明治36年松江銀行が天神町より当地に移転,県下の銀行を吸収合併して昭和16年には米子銀行と合併して山陰合同銀行となる。明治24年郵便取扱所(魚町)と松江電信局(末次本町)が合併して松江郵便局が成立。町内には老舗多く,天神町とともに橋南の繁華街を形成し現在に至る。同30年の世帯58・人口356,同35年の世帯59・人口326,同40年の世帯65・人口297。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7179530 |





