100辞書・辞典一括検索

JLogos

69

大吉村
【おおよしむら】


(近代)明治22年~昭和29年の自治体名。はじめ吉野郡,明治33年からは英田(あいだ)郡に所属。吉野川と支流大滝川・野時川・粟原川の流域に位置する。立石・赤田・田井・粟野・壬生・川戸・沢田の7か村が合併して成立。旧村名を継承した7大字を編成。役場を壬生に設置。当村域は律令制下の英多(あいだ)郡大野郷と吉野郷にまたがり,中世では大野荘・吉野保があった。村名は大野荘と吉野保の各1字をとって命名された。明治22年の戸数302・人口1,763。同24年の戸数325,人口は男918・女814,学校1・水車場2。同26年芳川小学校を大吉尋常小学校と改称,同28年校舎新築,同42年高等科を併置。当村域は粟野のほかは比較的平坦で,明治21年県道(現主要地方道作東大原線)が開通して以来各大字間および隣村に通じる道路改修をすすめ大正初年に完了した。大正9年の世帯数352・人口1,689。大正10年の戸数340・人口1,651,職業別戸数は農業305うち専業258・兼業47,自作74・小作30・自小作201,工業3・商業20・その他12,米の作付け反別176町8反余・収穫高2,505石余,麦の作付け反別73町3反余・収穫高722石余,養蚕は大正初期から盛んになり桑園反別41町4反余・養蚕戸数141を数えた(同前)。その後昭和期になってさらに増大したが,昭和10年代に入ると衰退していった。第2次大戦後の農地改革によって村内の小作地65町1反余が解放された(大原町の百年)。昭和22年大吉・大野・吉野(現作東町の一部)3か村学校組合立城山中学校を沢田に開設,同25年壬生に校舎を新築して移転。同年の国勢調査によれば,世帯数385・人口2,074,産業別人口構成は第1次産業77.7%・第2次産業8.2%・第3次産業14.1%。同29年大原町の一部となり,村制時の7大字は同町の大字に継承。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7182649