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下町①
【しもまち】


旧国名:備中

(近世~近代)江戸期~現在の町名。明治17~22年は高梁(たかはし)を冠称。江戸期は松山城下の1町,町人地。明治13年高梁町,昭和29年からは高梁市の町名。城下中央部に位置する。元和3年池田長幸が入国した翌年,本町に続く根幹線として取り立てた町人の町である。しかしその基礎はそれ以前幕府代官小堀氏の時に開かれ,本町・新町・鍛冶町・紺屋(こうや)町とともに除地となっていた。延享元年の差出帳(高梁市史)によれば,竈数261うち本家76軒・借家85軒,人数772うち男408・女364,町の長さ3町32間,東横町4通り・西横町4通り,下町年寄山崎屋浅右衛門は役料5俵で多葉粉改役多葉粉口銭取立てとある。魚屋平兵衛は役料1人扶持で御用そうめん取扱い,魚屋長十郎は役料1人扶持で御用そうめん・献上そうめん取扱いとある。天保10年間之丁で発生した大火により106軒が類焼。当町は本町に次ぐ商人の町で,明治12年第八十六国立銀行(現中国銀行)が旧主板倉勝弼・三島毅らの手によって設立され,1円と5円紙幣を発行した。当地はたびたび水害に襲われ,明治26年と昭和9年には紺屋谷川が溢れて全町が床上浸水の被害を受けた。昭和6年有限責任高梁信用組合(現備北信用金庫),同11年倉敷無尽高梁出張所(現山陽相互銀行)創業。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7184321