下山田
【しもやまだ】

旧国名:備前
千町平野に面した山寄りの是安川流域に位置する。地名の由来は,尾張連の一門山田氏の居住地にちなむとも,また山の谷間を開墾し田にした地で上山田に対し下山田となったともいう。地内には舟原・北浦・内沼など海にちなむ地名があり,千町平野が海であった往時をしのばせる。舟原には弥生時代の貝塚,宮山には古墳があり,古くから開けた地である。下山田八幡宮には,天正8年9月8日の年紀を有する棟札があり,領主河本秀勝の名が見える。延宝3年の書上には天文年間の宇喜多直家建立の覚書があり,宇喜多氏の支配下にあったこともうかがえる。
【下山田(中世)】 室町期に見える地名。
【下山田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【下山田(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7184343 |





