高尾
【たかお】

旧国名:備中
高梁(たかはし)川中流左岸と同川支流高尾谷川流域の高尾平野に位置する。永禄5年当地方の豪族高生小次郎が井守忠という井手づくりの名人に依頼して,高尾平野に水路をつくり水田を開拓・開墾し現在の高尾田圃をつくったといわれ,地名はその開発領主高生がいつの間にか高尾になったという。地内には天正3年楪城主三村元範が討死にしたといわれる早乙女岩がある。
【高生(中世)】 鎌倉期に見える地名。
【高生村(中世)】 戦国期に見える村名。
【高尾村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【高尾(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7184690 |





