津田村
【つだそん】

(近代)明治22年~昭和28年の上道郡の自治体名。百間川・吉井川両河川最下流に挟まれて位置し,南は児島湾に面する。君津・升田の2か村が合併して成立。旧村名を継承した2大字を編成。役場を君津に設置。村名の由来は,沖新田開発の功労者津田永忠の業績を伝える意味を含め,合併両村名を折衷した。明治24年の戸数383,人口は男890・女819,船132。江戸期の新開地のため丘陵もなく平坦地で,米・麦生産中心の農業と漁業が主な生業であったが,大正中期には藺草が特産物として,年額2万円前後の生産をあげた(上道郡誌)。また海苔養殖も始められた。百間川・吉井川のほぼ中間点にあるため,明治25年・同26年・昭和9年とたびたび水害を被った。世帯数・人口は,大正9年の345・1,586,昭和25年362・1,830。同28年西大寺市の一部となり,村制時の2大字は同市の大字に継承。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7185056 |





