油宇
【ゆう】

旧国名:周防
屋代島の東端,南海岸に位置し,湾入した入海の海岸砂州に立地する。沖に片島が浮かぶ。地名は,東に保木崎,西に西の鼻が南へ突き出て凪の時は海上が油を流したようになるので油宇と名付けられたといわれる(地下上申)。西部に馬が原の集落があり,古代牛馬放牧の跡ともいわれている。油宇西の新宮社境内の丘を「城がいち」といい,かつてここに古墳があったという(大島郡史談)。新宮社後方の平らな丘は城跡といわれ,畑の中の2か所に宝篋印塔2基と五輪塔9基以上が集積されている。西方丘陵中腹の浄西寺境内に建仁2年の紀年銘のある安山岩製の板石塔婆が2基ある。大きい方は正面に「阿弥陀仏 建仁二才次壬戌十一月下旬造立願人大宅正国女施主清原氏」の銘文がある。東の県道沿いに五輪塔3基,貞次の県道沿いおよび浄光寺下の耕地にそれぞれ五輪塔1基ずつがある。
【油宇村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【油宇(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7194850 |





