100辞書・辞典一括検索

JLogos

75

麻野村
【あさのむら】


(近代)明治23~34年の自治体名。はじめ多度郡,明治32年からは仲多度郡に所属。大麻山の北,金倉川左岸に位置する。大麻村と生野(いかの)村が合併して成立。旧村名を継承した2大字を編成。村名は2つの旧村名からそれぞれ麻・野の1字ずつを採って命名。明治23年の戸数598・人口2,749,溜池数68,橋梁52か所,諸商店に質屋2・古着商1・古道具商2・穀物卸売商17・同仲買商3・同小売商7・味噌調味料商23・諸食料品商26・履物18・薬種2・呉服6・薪炭仲買商3・飲食店27・木賃宿7・その他22,また大工・石工・綿打・綿操・瓦職などの諸職人が39戸数えられる。これらの商店・諸職人が専業か農家副業なのかは明らかでないが,商売の多いことは否定できない。それは多くの参拝者・巡礼を集める善通寺村にすぐ近接していることが1つの背景となっている(明治23年麻野村庶務ニ係ル諸願日留綴)。同24年の戸数601・人口2,793(男1,396・女1,397),寺3,学校1(徴発物件一覧)。同31年の戸数607・人口2,881。同年の主要物産は米4,570石余(反別228町7反余)・木綿2,000貫・瓦15万枚余・麦稈9万1,000貫,耕牛199匹(明治32年麻野村諸進達綴)。明治29年麻野尋常小学校が存した。教場坪数70坪,3学級,教員3名,1日当たり出席生徒の平均が140人強の規模であった(本郡告示綴)。当村は村として存続した11年間に大きな変革の波を受けたと思われる。当村成立の前年,本県で最初の鉄道,讃岐鉄道(現国鉄土讃本線)が琴平~丸亀間で開通し,上吉田に設置された善通寺駅が当村の最寄りであって,近代的交通機関の便に恵まれたこと,また当村の末期が,第十一師団の発足と善通寺村への移転,諸関連施設の建設時と重なり,直接大きな影響を受けたことなどがあげられる。師団司令部は生野に設けられた(昭和2年度善通寺町勢一斑・四国師団史)。明治34年善通寺町の一部となり,村制時の2大字は同町の大字に継承。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7197741