青海
【おうみ】

旧国名:讃岐
五色台山塊の谷筋に細長く位置する集落で,東の大平山に発する青海川が集落の中央を流れ,西の瀬戸内海に注ぐ。地名の由来は,往古瀬戸の青い海が迫っていたことにちなむという。北の北峰にすべり山古墳群,前方後円墳の紀ノ田尾1号墳があり,弥生式土器が散布するタンベ池遺跡が青海川沿いの低地を見下ろして立地する。地名の初見は,天正14年2月13日付の千石秀久寄進状(白峰寺文書/新編香川叢書)で,秀久が白峰寺に「青海村之内」100石を寄進している。その後,天正15年10月24日生駒親正が青海村のうち50石を白峰寺に寄進,慶長6年卯月6日に生駒一正がそれを安堵している(同前)。また,生駒親正は天正15年10月18日,同じく青海村に267石7斗を寄臣大山入蔵に充行っており(大山家文書/新編香川叢書),一正の代になって大山氏が山田郡内に知行替したのち,文禄5年河田長三郎が青海村で150石を給されている(河田杢右衛門所蔵文書/黄薇古簡集)。
【青海村(近世)】 江戸期~明治23年の村名。
【青海(近代)】 明治23年~昭和31年の松山村の大字名。
【青海町(近代)】 昭和31年~現在の坂出市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7197994 |





