観音寺
【かんおんじ】

旧国名:讃岐
三豊平野の中西部に位置し,西は燧灘に面する。財田川・柞田(くにた)川・一の谷川の複合デルタ上に発展してきた。財田川の北側に琴弾山と興昌寺山がある以外は平地である。地名は,真言宗観音寺の寺号が転化したもの。興昌寺山山頂には7世紀頃の興昌寺山古墳がある。直径20mの円墳と推定され,現在は石室内に弘法大師像を安置,村所八十八か所の札所となっている。
【観音寺(中世)】 室町期から見える地名。
【観音寺村(近世)】 江戸期~明治23年の村名。
【観音寺町(近代)】 明治23年~昭和29年の自治体名。
【観音寺(近代)】 明治23年~昭和23年の観音寺町の大字名。
【観音寺市(近代)】 昭和30年~現在の自治体名。
【観音寺町(近代)】 昭和30年~現在の観音寺市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7198302 |





