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中新町
【なかじんちょう】


旧国名:讃岐

(近世~近代)江戸期~現在の町名。江戸期ははじめ中ノ村の一部と思われ,のち高松城下の1町。町人町。高松城の南,石清尾山北東,城下南部に位置する。町名の由来は,箆野(のはら)郷の中ノ村に新しくつくられた町であることによる(高松地名史話)。文化年間頃の城下絵図によると,当町は町人町で,近くに袋町という行き止まりの道路をもつ一画がある。田町との境に消防用の溜池があり,不動庵と御先明神(明治維新後御先神社)がある。御先神社の祭神は猿田彦命で,塞の神といわれ,旅や交通安全の守護神。江戸期の当町内に大勢いた塗師屋の人たちによって奉祀されたという(高松今昔記)。明治8年の戸数406・人口1,382(梶山家文書)。同23年からは高松市の町名となる。同30年頃当町に高松区裁判所執達吏役場があった。この頃の産業は商業が主で,煙草商1・諸油商1・染物商1・呉服太物商1・肉販売商1・穀物商7・質屋商5・酒商2・醤油商1・古道具兼反古問屋6・古着商1・八百屋物商2・菓子商1・料理業2・履物商1・万物品店1・炭薪商1・塗物商1・樋物商1・畳商1・写真師1・大工2・理髪床2・医師2で,所得納税者10・尋常有産家1となっている(繁昌懐中便覧)。世帯数・人口は,昭和15年末の318・1,316(男597・女719)が,第2次大戦の空襲戦災で95%以上焼失し,同20年末は13・65(男29・女36),同25年末425・1,639(男793・女846)で戦災前にもどったが,同30年312・1,209(男575・女634)と減少傾向を示している。同33年天神前の一部を編入し,一部が同年天神前1丁目・田町,同43年天神前,同44年中央町となる。世帯数・人口は,同45年180・462(男193・女269),同55年147・324(男147・女177)と減少傾向が続く。戦後早くスーパーが開業。近年高層ビルが立ち並ぶ。駐車場も多い。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7199255