八番丁
【はちばんちょう】

旧国名:讃岐
(近世~近代)江戸期~現在の町名。丸亀城の外郭内の武家屋敷町の1つ。丸亀平野の北部に位置し,丸亀城の南にあたる。七番丁の南に位置した東西に細長い町。生駒氏時代から家中の居住地であったと推定されるが,続く山崎氏時代の城郭図では町割が整い,「侍屋敷」と記されている。京極氏時代の文政11年城郭図には,家老佐々九郎兵衛屋敷のほか10数軒の武家屋敷が記されている。佐々屋敷は搦手門土橋の脇にあった最大の家老屋敷で,広さ約2,212坪。明治11年には丸亀町の1町となり,同18年まで西組に所属。同23年市制町村制施行により丸亀町の1町となり,同32年市制実施にともない丸亀市八番丁となる。明治21年の戸数20・人口103(うち旧士族84),職業別人口は農業16・商業6・工業3・雑業78。当町西部地域は,同26年設立の香川県尋常中学校丸亀分校(現県立丸亀高校)敷地の一部となった。世帯数・人口は,昭和27年41・163(男82・女81),同55年48・139(男69・女70)。武家屋敷町の面影を残す住宅地である。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7199437 |





