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三都半島
【みとはんとう】


小豆(しようず)郡池田町,小豆(しようど)島中央部の南に突出する半島。東に内海(うちのみ)湾,西に池田湾を分かつ。南北の長さ約7km,東西の幅約2km。先端の釈迦ケ鼻には地蔵岬灯台が昭和26年設置され,対岸の大川郡志度町小田馬ケ鼻の灯台とともに京阪神に通ずる備讃瀬戸東航路の安全を守る。同57年から自動化,無人化された。飯神山(189m)・段山(208m)・白浜山(302m)と山がちで,両側海岸沿いに小さな河谷平野と小集落が帯状に点在し,比較的大きい平野と集落は,宝生・二面・吉野・神浦と西側に多い。花崗岩が基盤をなし,その上に段山・白浜山の,2つの玄武岩の溶岩台地が乗り,柱状節理が発達する。花崗岩との境界面に白色凝灰岩の層が挟まり,富士峠辺りでは露頭が際立つ。崩鼻は白浜山の玄武岩層が西に突出している所で,企業の砕石が長期間続いており,名の通り崩れた景観だが,柱状節理の露頭が発達する。各集落は狭小な水田と漁港をもち,半農半漁の生活で,昔は除虫菊,現在は電照菊が多く生産され,果樹などの園芸農業,素麺作りもみられる。最近は道路の改良とともに通勤者が増加している。池田町は県内の数少ない過疎地で,その原因はこの三都半島の存在にあり,特にその先端部の人口減が大きい。昭和51年9月,小豆島に3日間で1,000mmもの大雨をもたらした台風17号により,最先端の白浜山東側山麓の谷尻集落は,土石流により集落の大半が埋まり,死者25名,負傷者10名,全壊21戸,半壊5戸の大きな被害を出し,38世帯から,現在は26世帯に減少した。西岸には,二面の誓願寺のソテツ,神浦の権現崎にある皇子神社の社叢の,2つの国天然記念物がある。ソテツは樹齢1,000年,根回り6m,枝葉の面積120m(^2)で日本一の大きさを誇るといい,安永年間この地の塩屋金四郎が寄付したもの。皇子神社の社叢はウバメガシの大群落の自生地。権現崎自体も典型的な陸繋島(トンボロ)で,その砂州の部分には集落が発達している。明治38年12月大正天皇が皇太子の際,御座船が半島沖に仮泊し,お忍びで蒲野に上陸,皇子神社や薬師庵を参拝したことがある。島四国八十八か所札所のうち,この半島には28番から32番までがあり,誓願寺は31番,薬師庵は28番。また,29番は風穴庵,30番は正法寺,32番は愛染寺で,春・秋の遍路の時期には白装束の遍路の姿を見受ける。半島を巡るサイクリングロードも完成し,観光資源となっている。蒲野の東に浮かぶ小さな花寿波(はなすば)島は地図にも載らないほどの小島だが,島の中央を小船が通り抜けられる洞穴があり,岩質と波の浸食によってできた特異な風物として知られる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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