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東上山村
【ひがしかみやまむら】


(近代)明治22年~大正2年の幡多郡の自治体名。四万十(しまんと)川の上流域に位置する。通称仁井田川(四万十川)と北からの檮原(ゆすはら)川が村の中心地田野々で合流し,西部に隣接する西上山村へと流れている。田野々・瀬里・四手ノ川・下岡・上岡・宇津井川・上宮・北ノ川・弘瀬・市野又・烏手・相去・折合・芳川・西ノ川・大奈路・中津川・下津井・下道・小屋加内・江師・小石の22か村が合併して成立。旧村名を継承した22大字を編成。田野々字ソヲヅの組合戸長役場を改め,東上山村役場とする。同23年8月豪雨による大水害発生,村内各地区の川・谷の氾濫,山津波による被害甚大。同年の村歳入歳出予算775円余。歳出に経常役場費401円余,教育費326円余とある。同24年の戸数604・人口3,326(男1,755・女1,571),厩355。同年中村区裁判所東上山出張所が開庁し,登記事務を行った。同27年日清戦争へ出征7名,うち戦死1名。同31年伝染病予防のため東上山村衛生組合を設立。同37年日露戦争へ出征49名,うち戦死12名。同39年村会の決議により基本財産として村有林を設定。同年,東上山村農会が設立される。同40年の戸数705(農業501・工業19・商業22・漁業1・その他162)・人口4,011(男2,087・女1,924),村の予算総額5,631円余(前年度5,215円余)。同年在郷軍人会により忠魂墓地が竣工。同年村医設置規則を決議。同44年大正田野々郵便局に電話設備を導入するため寄付金高1,912円余を決定。大正元年の戸数813・人口4,153(男2,139・女2,014)。大正天皇の即位式を記念し郡内に西上山村・東山村など類似した村名があるため,大正3年1月1日大正村と改称。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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