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安宅村
【あたかむら】


旧国名:豊前

(近世)江戸期~明治20年の村名。豊前国田川郡のうち。中元寺川上流域に位置する。地名は山岳宗教の盛んであった頃,住僧が曼陀羅経と安宅経を信奉する2派に分かれ争い,敗れた安宅経派の僧が経典を当地の犬ケ浦に埋め自刃したことに由来するという。もとは黒木村・荒平村と一村であった。小倉藩領。猪膝手永に属す。村高は,「正保国絵図」290石余,ほかに荒平70石余,「元禄国絵図」756石余(荒平を含む),「天保郷帳」1,009石余,「旧高旧領」973石余。元和8年の家数208・人数457(男248・女209),牛52・馬18(人畜改帳)。宝永7年の田川郡村々万覚書によれば,高752石余,竈数130・人数692,牛馬78。嘉永5年の家数150・人数718,馬6・牛124。氏神は戸山神社,古跡は藤原左衛門尉宗像家臣の惟氏居城と伝えられる陣ノ尾城址。明治初年の産物は米680石・麦182石・櫨実2万8,000斤・楮皮6,000斤・葛粉40石・柴茶190斤・種子11石・葉烟草1,000斤。明治20年安真木(あまぎ)村の一部となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7208924