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久郎原村
【きゅうろうばるむら】


旧国名:筑後

(近世)江戸期~明治9年の村名。筑後国下妻郡のうち。矢部川支流の沖端川分岐点の東の平野部に位置する。はじめ柳川藩領(田中氏),元和6年からは久留米藩領。中折地組に属す。村高は,「元禄国絵図」681石,「在方諸覚書」の古高660石,「天保郷帳」878石余,「旧高旧領」1,007石余。氏神の広田八幡宮は寛文5年芳司村の八幡宮を勧請したものといい,はじめ広田大菩薩といった(寺社開基・寛延記)。文化4年の本田28町1反余・開田3町3反余・畑田4町8反余・畑13町7反余・居屋敷6反余,春免高691石(農政農民史料集)。明治9年津島村の一部となる。現在の筑後市津島のうち。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7210710