福地村
【ふくちむら】

(近代)明治22年~大正15年の鞍手郡の自治体名。遠賀(おんが)川の中流右岸,福智山の西麓に位置する。畑・永満寺・上境・中泉の4か村が合併して成立。旧村名を継承した4大字に金田屋敷(中泉村の一部)を加えた5大字を編成。役場を上境字屋敷に設置。地名は福智山と上境・永満寺・中泉の産土神福地神社に由来する。合併時の戸数462・人口2,414,地積は田212町・畑142町・山林289町・原野328町・雑種地54町など計1,098町。明治24年の戸数491・人口2,661(男1,393・女1,268),厩71,寺院2,学校2,水車場1,船98(徴発物件)。地内西部を北流する彦山川によって東西2つの地区に分かれ,東部の北側一帯の台地では野菜,南側平坦地では米・麦を産出し,副業として養蚕も盛んであった。西部は産炭地で,逐年出炭量が増大し,明治30年8万t余・同38年43万t余。石炭の採掘による地表の沈下傾斜など鉱害農地も拡大し,明治30年6町余・同38年23町余となり(直方市史)。明和9年上境字岡森に,彦山川から取水して岡森堰を造築,下流の5か村114町余に灌漑用水を供給。明治40年の戸数673・人口3,765,大正15年の世帯数974・人口4,892。同年直方(のおがた)町の一部となり,村制時の5大字は同町の大字に継承。なお,当地名は,河川名・小学校名などに残る。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7214371 |





