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皿山郷
【さらやまごう】


(近代)明治22年~現在の行政区名。はじめ下波佐見村,同31年からは波佐見町のうち。もとは下波佐見村稗木場郷の一部。地名は陶業地であることによる。波佐見盆地の西北端で,江戸期には平戸藩領に接した。領界では燃料の伐採をめぐって領民間に30年にわたって争いがあり,大柳騒動という。鎮守大神宮の由緒にこの地を拓いて祠を建て五穀豊穣を祈ったのが長享元年とある(東彼杵郡神社寺院明細帳)。当地に窯を築き皿山ができたのは「大村記」によれば寛文5年,「大村郷村記」によれば寛文7年である。領界に150町歩の御用山があり,藩は燃料伐採を許し,字深川内に水碓用溜池を築かせた。元禄年間の窯数13軒,焼物出来高は年2,350俵,焼物運上銀705匁,窯運上195匁,竈数22軒,人口131人。貞享5年新窯6軒ができる(大村記)。天保15年には窯数20軒,焼物出来高6,630俵,水碓27丁,焼物運上1貫326匁,窯運上210匁,窯司12人,竈数66軒(大村郷村記)。県無形民俗文化財皿山人形浄瑠璃は,享保大飢饉の折に餓死を免れるため,五島・平戸へ興行して麦・干藷・干魚を得たのが始まりとされる。天保の大飢饉に際しては皿山庄屋福田安兵衛が私財をなげうって救い,窯の火を消さなかった。大正3年には窯司12戸,従業員105人,産額2万9,440円。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7220975