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下組郷
【しもぐみごう】


(近代)年不詳~現在の行政区名。明治22年川棚村,昭和9年からは川棚町のうち。川棚川河口右岸に位置し,南は大村湾に面する。下組と平島からなる。平島地区は川棚川の沖積地に立地し,江戸期に漁業集落として発展した。下組地区は北は白岳に続く台地,南は江戸期に干潟を埋めた水田が広がる。大正4年の戸数は下組地区56・平島地区305,世帯数・人口は下組地区は昭和23年94・509,同35年80・421,同59年125・474,平島地区は昭和23年307・1,621,同35年321・1,597,同59年353・1,265。明治31年九州鉄道(現国鉄大村線)早岐(はいき)~大村間が地内を通って開通。昭和19年4月国道205号が全通。同年川棚海軍病院(翌年12月国立川棚病院と改称,現国立療養所川棚病院)開業。川棚警察署はこの前年警部補派出所として宿から新築移転し,同23年自治警察,同26年国家地方警察,同29年長崎県川棚警察署となる。同48年東彼農業共済組合事務所設置,同54年東彼農協事務所設置,同56年県立川棚養護学校から独立して桜ケ丘養護学校が新築開校。国道筋から川棚病院前に昭和50年頃から商店や工場が進出して水田が半減した。平尾山中には元和8年に没したキリシタンの墓碑がある。自然石にローマ字と漢字で銘を刻んだもので,昭和29年県史跡に指定された。白岳の山頂には江戸後期大村藩が設けた狼煙場がある。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7221115