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下原
【しもばる】


旧国名:対馬

対馬の南部,佐須川中流域の右岸に位置する。地名の由来は,「津島紀事」によると,「旧号樫下原〈下訓牙〉,下原者樫下原之略称」とし,また「蓋佐須之称起於此邑歟,州俗称佐須,常不呼村名」と記されている。しかし中世には浦が湾入して当地あたりが佐須川下流域であったため佐須川下流にある原の意味とも考えられる。地内には士富・若田・日見・日掛陽・鶴野(床谷)などの地名がある。日見は銀の採掘がなされた所で古坑が多く,「しき」と称し,鶴野は精錬所のあったところから床谷とも称する。また納言と称する字は,銀山に出張してきた京官の墓に起因する。近世前期までは「府中千軒,床屋千軒」といわれるほど繁栄したという。「海東諸国紀」に「沙愁浦〈四処合三百余戸〉」とあるのは,小茂田・椎根・樫根・下原を指すといわれている。この地には納言塚伝説が残る。鶴野の山際に,かつて大納言・小納言と称する高さ1mほどの石塚があった。貞観6年夏,元山の銀坑が崩れ塞がり,1,000余人の死者を出したが,この日は山の神の忌日であった。そこで強いて入坑させた銀山の役人が責任を負って自害し,その夫人もまた後を追った。里人は塚をたてて供養し,役人を大納言,夫人を小納言と称した。塚は現在開発により消えているが,この地を千人間府という。
下原村(近世)】 江戸期~明治41年の村名。
下原(近代)】 明治41年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7221142