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松山町
【まつやままち】


(近代)大正12年~現在の長崎市の町名。もとは長崎市中野郷の一部。地名の由来は付近に松林があったことによる。昭和13年三菱長崎造船所陸上競技場が開場。昭和20年の世帯数300・人口1,865(推定),同年8月,原爆落下中心地となり,町全体が消滅。浦上刑務支所は全壊,職員収容者134名が被爆死。昭和26~30年度にわたり,国際平和公園を建設。昭和26年市営大橋球場完成。同27年4月長崎民友新聞社が復興平和博覧会を開催,同年8月9日長崎市第1回原爆犠牲者慰霊祭を平和公園で挙行。同30年平和記念像を建立。同32年3月全国菓子大博覧会開催。同41年市営競輪場を廃止し,同43年跡地に市営サッカー場・ラグビー場完成。同48年市民総合プール完成。同54年市立松山児童センター開館。平和公園には諸外国からの平和像・記念碑・慰霊碑が立ち並び,世界平和の聖地と見なされている。世帯数・人口は,昭和28年96・419,同46年204・670。昭和15年一部が駒場町1~2丁目となる。同39年橋口町・岡町の各一部と駒場町1~2丁目を編入。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7222922