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池上
【いけのうえ】


旧国名:肥後

金峰山(一ノ岳)から南東へ突き出した尾根と平野部にそびえる2つの独立小峰の間を流れる井芹川流域に位置する。「肥後国誌」池上村の項には「当村池辺寺ノ前ヨリ今ノ池上村ノ辺ニ続キタル田地ノ中ニ往古ハ大ナル池アリ,是ヲ味生ノ池ト云」とあり,地名は,この味生池の上手に位置することにちなむという。味生池は,「続日本紀」養老2年4月条の筑後守正五位下道君首名に関する記事として「又興築陂池,以広漑灌,肥後味生池,及筑後往々陂池皆是也」と見え,和銅年間頃の築造とされるもので,この池に住む悪竜を退散するために和銅3年勅命によって建立されたのが池辺寺であるという(池辺寺縁起/肥後国誌)。妙観山と平川を挟んで対峙する平山南麓にある金子が塔と呼ばれる建武4年銘の石造笠塔婆に金子氏の事蹟や池辺寺の草創および貞元元年池辺寺の焼失などが刻まれており,この付近が池辺寺の当初の位置と推定されている(肥後読史総覧)。なお同寺は天台宗比叡山正覚院の末寺で,金子氏については「国郡一統志」の池辺寺の項に「願主国司綱家室人金子也」とある。また室町期以後は池上日吉神社の南に移ったが,明治期に廃寺となった。その跡地には応永3年銘の宝篋印塔台石,嘉吉2年銘の角柱塔婆などが残るほか,記念堂には,池辺寺ゆかりの縁起絵巻1巻や聖観音(金子観音)などがある。
池上(中世)】 戦国期に見える地名。
池上村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
池上村(近代)】 ①明治22年~昭和19年の自治体名。
池上(近代)】 明治22年~昭和28年の大字名。
池上町(近代)】 昭和28年~現在の熊本市の町名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7223616