上吉田
【かみよしだ】
旧国名:肥後
震(ゆるぎ)岳の南東,菊池川支流吉田川の上流域に位置する。字中屋敷から和鏡が出土し,字樽原の観音堂境内には,室町後期の絵師狩野元信の墓あるいは追慕供養塔と伝える塔婆がある。なお「肥後国誌」に所収された菊池持朝の裏書のある永享6年12月21日の山鹿荘医福山日輪禅寺建立次第には,同寺の寺領として「吉田大園之内野豆」とある。
【上吉田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【上吉田(近代)】 明治22年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7224596 |