100辞書・辞典一括検索

JLogos

56

鶴見塚村
【つるみづかむら】


旧国名:肥後

(近世)江戸期~明治7年の村名。宇土(うと)郡のうち。緑川河口左岸の低地と丘陵地に位置し,神の木山から延びる丘陵と飯塚山から延びる丘陵に挟まれて集落を形成。村名由来に関係して,鶴の恩返しの原型となったという民話が伝わる。地内に天神山古墳と神の木山古墳群がある。はじめ熊本藩領,正保3年からは宇土藩領。村高は,「寛永郷帳」241石余,「正保郷帳」も同高でうち田173石余・畠68石余,「天保郷帳」243石余,「旧高旧領」326石余。なお正保3年に宇土藩領となった際には,高322石余,免は3割3分3厘で,土物成107石余,反別は田10町8反余・畑8町3反余とある(城南町史)。「肥後国誌」によれば郡浦(こおのうら)手永に属し,高322石余,神社に天満宮・歳神・立石神が記される。熊本県,八代(やつしろ)県を経て,明治6年白川県に所属。同7年野鶴村の一部となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7226504