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伊美浜村
【いみはまむら】


旧国名:豊後

(近世)江戸期~明治8年の村名。江戸末期から浜村と称した。豊後国国東(くにさき)郡伊美(いみ)荘のうち。国東半島北部,伊美川河口右岸,権現崎の東に位置する。慶長4年豊前中津(のち小倉)藩細川領,寛永9年木付藩小笠原領,正保2年からは木付(のち杵築)藩松平領,天和2年からは松平重長分知領となり伊美組に属す。元和8年は竹田津(たけたづ)手永に属する蔵納地。村高323石余,家数47・人数72,牛12(小倉藩人畜改帳)。「正保郷帳」239石,うち田190石余・畑49石余,「見稲簿」同高,「天保郷帳」は371石余,「旧高旧領」は浜村として364石余。幕末の庄屋は浜氏。天明元年8月,伊美港が築港された(明治23年県統計書)。村内,別宮社東側には幕府領の蔵所があった。慶長5年,応永16年開創の曹洞宗泉福寺末慈雲寺が中興された。同寺は杵築藩主松平氏の歴代位牌を安置,キリシタンのマリア観音像がある。また仁安3年,京都の石清水八幡を勧請したという別宮社八幡社は,正八幡伊美崎権現とも称され(太宰管内志),天和2年木付藩主より寺領10石が寄進された。同社境内には正応3年銘の国東塔中最大の石塔宝塔(県文化財),鳥居10基・陰陽石像などの石像文化があるほか,10月19~26日には周防灘をこえて山口県熊毛(くまげ)郡祝(いわい)島への同社の神霊を神幸させる海上渡御神事が行われる(県無形民俗文化財)。明治4年大分県に所属。同7年,別宮社の籠屋を校舎として伊美小学校が開校。同14年同校専用校舎が造られた。同年塩田が開かれ,明治甲戌新開と称された(明治23年県統計書)。また塩田は5町4反,竈数2・就業戸数1,明治20年には2,310石を製造。明治8年,伊美浦村・嶺村と合併して伊美村となる。現在の東国東郡国見町大字伊美のうち。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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