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北海部郡
【きたあまべぐん】


(近代)明治11年海部郡が南・北に分離して成立。1町84村で構成され,郡役所は臼杵(うすき)町に置かれた。同年の戸数1万5,756・人口8万3,255,反別6,424町6反余・地価205万3,868円余・地租5万1,329円余(大分県町村沿革史)。同13年の地域別戸数・人口は関村956戸・5,196,臼杵(臼杵町・二王座村・海添村・福良村・市浜村)2,497戸・1万1,444(統計でみた大分県)。同22年町村制の施行により,郡内の諸村は合併して,川添村・丹生(にう)村・西大在村・東大在村・小佐井村・市村・佐賀村・神馬木(こうめき)村・大志生木(おおじうき)村・佐賀関村・一尺屋村・佐志生(さしう)村・下ノ江村・海部村・下北津留村・上北津留村・中臼杵村・上南津留村・下南津留村・市浜村・臼杵町・上浦村・下浦村・青江村・津組村・日代(ひじろ)村・四保戸(よほと)村の1町26村となった。同24年の戸数1万6,304・人口8万9,554,大正9年の世帯数1万8,721・人口9万384(統計でみた大分県)。この後,各町村の分離,合併が進行したが,昭和25年4月臼杵市が成立して当郡より分離,続いて同29年3月には周辺の佐志生村・下ノ江村・下北津留村・上北津留村・南津留村の5村がこれに編入して郡域より離れた。また同25年1月には川添村が大分郡に編入され,翌26年4月には津久見市が成立して当郡より離脱,ついで同38年3月に大在村・坂ノ市村が大分市に合併した。現在当郡に所在するのは佐賀関町のみである。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7230043